2.地球惑星科学5分野の夢ロードマップ


(2)大気水圏科学の夢ロードマップ

(i)セクションの概要

 大気水圏科学セクションは、大気、海洋、陸域水圏、雪氷圏そして人間圏と、多様かつ変化に富む地球表層圏を研究の対象とし、それらの過去・現在における動態と長期変化を詳細に把握するとともに、未来の予測につながる科学を扱う。物理・化学・生物学に跨がる学際的な手法による常時観測やモデリングを通じて、各圏をつなぐ多重的な相互作用を解明する。学問としての重要性はもちろんのこと、今後の地球環境の保全や、持続的で夢のある未来社会の構築にとって不可欠の研究領域である。
 従来のロードマップで謳われてきた「新しい観測網の展開と充実、計算機技術・数値モデルの発展」を今後も発展的に継承していく。すなわち最新の物理的・化学的・生物学的観測技術を用いた全球観測網の展開と、コンピュータの性能向上に即した階層モデル・結合モデルの構築・発展を図りつつ、多次元化、多様化、および研究適用領域の拡大と観測空白域の縮小に努める。観測網が充実し、観測の時空間的分解能が向上し、かつモデルの高度領域拡大と高分解能化が進めば、当分野の扱うデータ量は莫大なものとなろう。したがって、AI導入等によるビッグデータ解析技術の発展も必要となる。さらにデータ同化技術によって観測とモデリングとの融合をはかり、かつシナジー効果を高めることにより、最終的には宇宙にもつながるシームレスな大気・海洋・水文過程の理解を深めていく。
 このような地球表層系の基礎的かつ応用的な学問探究には、 セクション内での切磋琢磨はもちろんのこと、セクションの枠を超えた異分野間での連携が欠かせない。宇宙惑星科学セクションが中心となって近年充実しつつある惑星大気観測に基づく惑星大気諸過程の研究に、地球大気科学で培われた理論やモデルが導入されれば、地球を含む惑星大気の統一的理解につながるだろう。大気水圏分野の科学的知見を効果的に社会に還元するうえで、地球人間圏科学セクションとの情報共有や研究協力は不可欠である。また、固体地球科学、地球生命圏科学との研究協力も、統合的な地球システムの現状把握や未来予測のために今後ますます重要となろう。これらの多分野との連携については赤紫色の枠で示した。国際的にトップレベルの学術成果を発信していく一方で、海外諸国との連携や情報交換の重要性も急速に高まっている。そのために国内外の連合大会などを通じて連携の可能性を常に探り、学際的かつ国際的な研究交流の活性化を図る。また、アジア全域をカバーする観測網を充実させ観測を主導するなど、国際社会の中での役割分担にも鋭意対応していく。
 大気水圏は人間生活との関わりが特に深いことから、社会貢献においても相応の責任を果たさなければならない。国連によるSGDs(持続可能な開発目標)を踏まえながら、人間社会にとって日常的なベネフィット(例えば、シビアウェザーの迅速予報、地下水の利活用、気候変動や長期的な地球温暖化予測の高精度化および緻密化、水資源・エネルギー資源管理、防災・交通管理、土地利用・農業への応用、環境変動の総合的掌握など)に適う社会発信に努める。これら一般社会との密接な関わりや情報提供については、夢ロードマップ図の下側に、緑色の文字で記載した。本ロードマップが最終的に目指すのは「持続可能な夢のある社会の達成」である。
 本セクションに限ったことではないが、地球惑星科学の将来の発展のためには人材育成の充実が欠かせない。中等教育及び高等教育において大気水圏科学分野の重要性を幅広く伝え、フィールドにおける実習や調査研究への参加を奨励する。海洋研究を例にとれば、学術研究船(白鳳丸・新青丸)や大学練習船などを整備し、研究・教育の機会を十分に確保するよう努める。

(ii)具体的な骨格としての大型研究プロジェクト

 今後の中・長期的な本セクション進展の方向を具体的に示しているのが、日本学術会議の大型研究ヒアリング(2018.3.28実施)で提案された大型プロジェクトのうち、本セクションと関連の深い以下の6件である。
  • ○飛行艇を用いた臨床地球惑星科学の創成:船舶と航空機の利点を兼ね備えた大型飛行艇を、海洋や大気の新しい観測研究を推進する共同利用ツールとして初めて導入する。従来は行えなかった臨機応変の観測を実現し、世界初の「臨床地球惑星科学」、すなわち迅速な現場観測と実証を基本とした新しい地球惑星科学の創始を目指す。
  • ○衛星を用いた全球地球観測システムの構築:日本学術会議の提言「我が国の地球衛星観測のあり方について」(2017年)に基づき「地球衛星観測グランドデザイン」を策定。衛星による全球観測システムを構築して長期気候データの蓄積に努め、地球規模の気候変動・水循環メカニズムの解明、気象予報や地球温暖化予測の高精度化を進める。災害防止に対応する社会の構築に資する。
  • ○航空機観測による気候・地球システム科学研究の推進:東アジア全域をカバー可能な地球観測用航空機を導入し、温室効果気体、PM2.5などエアロゾルを現場観測すると共に、ドロップゾンデのピンポイント降下によって台風の急発達メカニズムを解明する。数値モデリング、衛星観測との連携により、気候・地球システム研究の飛躍的発展を目指す。
  • ○太陽地球系結合過程の研究基盤形成:地球への太陽エネルギー(放射と太陽風)移行過程、および地球の周辺環境(磁気圏、電離圏、大気圏)の応答を観測によって解明する。太陽放射および太陽風が、それぞれ最大となる赤道域および極域に大型レーダーを建設し、赤道域と極域をつなぐ広域地上観測網によるデータを合わせ、全球的なエネルギーと物質の流れを明らかにする。
  • ○深海アルゴフロートの全球展開による気候・生態系変動予測の高精度化:水温・塩分センサーに加え乱流センサー・生物/化学センサー等を装着した6000m級の深海アルゴフロート(約1000台)を世界に展開し、海洋表層から底層に至る全球観測網を確立する。得られたデータから高精度の気候モデル解析を可能とし、過去及び将来の海洋環境変動・海洋生物変動の再現と予測を進める。
  • ○極域科学のフロンティア:大型大気レーダーをはじめ極域観測のための先端的リモートセンシング機器の整備と活用を進める。衛星観測や高解像度モデリングを併用して、極域の中層から超高層に至る大気の物理的・化学的性質や変動機構を明らかにする。地球環境変化に関わる様々な先端的観測を北極と南極で並行して実施し、両極域の相違点を追究する。

(iii)夢ロードマップについて

 夢ロードマップ図の最上段には、ほぼ10年ごとに区切って、達成が見込まれる研究・技術の進展を総括的に示した(以下の太字部分)。それらの具体的内容とキーワードを以下に詳述する。

  • a) 今後10年以内(階層モデル・結合モデル活用、全球観測網の基盤形成、及び長期気候データの蓄積による、大気、陸、海洋の諸過程と階層構造の解明・気候予測)
     開発と活用が進む結合モデルとして、メソ気象解像実用・雲システム解像モデル、エアロゾル・化学過程の精緻モデル、乱流・雲・重力波パラメタリゼーションの改良型モデル、高解像全大気モデル、海洋階層構造モデル、生態系・水循環結合モデルなどが挙げられる。
     全球の観測と監視の基盤形成およびデータ蓄積に関しては、地球表層観測網(地上気象、大型大気レーダー、海洋レーダー・フロート、水文・生態系)、航空機・観測船・飛行艇による機動的観測、衛星観測(雲・風・気温・水蒸気・降水・温室効果気体・大気汚染物質センサー)、小規模集中観測(雲ライダー・各種ゾンデ等)、アジア生物多様性観測、極域氷床コア解析・次世代コア採取技術の開発、太陽活動の気候影響研究、最先端化学計測・センサ技術・分析手法の開発と応用、深海用アルゴフロート開発と展開、地下水の利活用システムなどの進展と拡大を図る。
     宇宙科学分野との連携が進み、惑星大気の諸過程の理解が深まる。さらに地球人間圏分野との協力により社会への還元が充実化する。

  • b) 今後10〜20年以内(観測とモデルの多元化・総合化と融合による「シームレス」な大気—陸—海洋階層構造の解明と気候システム全体としての理解、気候予測の高精度化)
     コンピュータの性能が格段に向上することを背景として、人・地球システムモデルの開発と活用、特に雲システム解像モデル実用化と雲解像モデル開発、全中性大気高解像モデルの実用化、雲微物理の発展、放射現象の組込、境界層乱流の組込、大気・海洋の階層構造と階層間相互作用のシームレスな解明、物質輸送・拡散の解明、生態系・水循環相互作用の組込、自然と人間活動との相互作用の組込などが進む。また、観測データのモデルへの同化対象および予測可能領域が広がる。
     観測と監視に関わる体制の整備・拡張に関しては、多元的かつ継続的総合観測網(衛星・航空機・レーダー・多機能ライダー・各種ゾンデ・地上ステーション)の整備、機動的観測の確立(シビアウェザー・越境汚染)、全球及び沿岸海洋観測の確立(メガ津波・観測船・飛行艇・レーダー・深海アルゴフロート・環境試料分析計)、衛星全球観測と静止衛星の高度化と安定継続化(雲・エアロゾル・温室効果気体・水循環・海洋生物・植生・越境汚染)、全球アイスコア採集(気候記録のアーカイヴ化)、オゾン層・極中間圏雲中層大気の監視体制確立、生態系・全水循環過程監視体制確立、ジオスペース観測システム整備、太陽-大気相関計測システムの確立などにおいて、大きな進展が見込まれる。
     宇宙惑星科学分野との連携が一層深まり、地球を含む惑星大気の循環や物理・化学諸過程の統一的理解が進む。固体地球分野や地球生命圏分野との連携も本格化し、統合的な地球システム研究が活発に展開される。

  • c) 今後20〜30年以内(宇宙・大気・海洋・陸の全域の継続的精密監視による、気候システムの変動・変化の常時把握と理解、予測の緻密化)
     コンピュータの性能が、さらに格段に向上することにより、人・地球・宇宙システムモデルの開発と活用、雲解像モデルの実用化と乱流解像モデルの開発、全大気次世代モデルの実用化、水文・海洋フラックス・太陽活動の組込、地球システム—社会経済結合モデルなどの実用化が進む。また、観測データのモデルへの同化技術も高度化し、宇宙・大気全層・海洋の高精度予測が可能となる。
  •  観測と監視においては、地上及び宇宙からの観測網が一層充実し、宇宙・大気全層・海洋の精密監視が定常的に行われるようになる。その結果、ジオスペース・大気・人間活動相互作用の理解促進、機動的・多元的観測体制の確立と運用による気象・海洋・水文・生態系の統合監視、衛星による水循環・気候変動・全大気現象の切れ目のない定常観測、海洋における突発・異常現象の監視と海洋生態系の時空間変動・資源の計画的管理、南極グリッド掘削・惑星氷床掘削の実現、フルデプス海洋管理システムの構築が可能となる。
     アジア域においては総合的な観測体制を主導するようになり、国際的な環境監視に基づいた気候変動と環境変化に関する高度な対策技術の確立へ向かう。
     地球惑星科学分野全体として、現在の地球システムの統合的な理解が深まるとともに、地球の誕生から、近年の地球温暖化に至る時系列過程が詳細に明らかにされ、長期にわたる未来予測が高精度で可能となる。



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