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セクションプレジデント談話「広域大気汚染の問題と大気清浄化に向けた努力」

大気水圏科学セクションプレジデント 中島映至

中国北京市等における深刻な大気汚染と、大陸からの汚染空気塊の我が国への流入が、大きな社会的関心になっています。西日本においては、ここ10年ほど、春季を中心に大気質の劣化が観測されており、地上観測、人工衛星観測、モデルシミュレーションから、その主要因が大陸起源の汚染物質の流入であることが明らかにされています。

 このような広域大気汚染の問題は世界の他の地域でも発生しており、アジア地域では東南アジア域や南アジア域などで、深刻な大気汚染が起こっています。その原因は、発展途上国における急速な経済発展に伴う大気汚染の激増と、後手に回る対策にあります。国連環境計画(UNEP)や世界保健機関(WHO)の調査によると、室内・室外における大気汚染は健康被害など、著しい社会影響を引き起こしています。そのために、このような複数の国家にまたがる広域大気汚染に対処するために、それぞれの地域において防止の努力が続けられて来ました。欧州では1979年に「長距離越境大気汚染条約」が締結され、ヨーロッパ諸国を中心に49カ国が加盟しています。加盟国には越境大気汚染の防止対策を義務づけるとともに、酸性雨等の被害状況の監視・評価、原因物質の排出削減対策、国際協力、モニタリング、情報交換の推進などが実施されています。南アジアでは、1998 年 4 月にモルジブで開催された南アジア共同環境計画(SACEP)理事会で、「南アジアの大気汚染および越境汚染の規制と防止に関するマレ宣言」が採択されました。その目的は越境汚染の実態把握と、すべてのステークホルダーによる防止策の推進と国家・地域での大気汚染問題の共通認識の形成です。東アジアでは、1993年から東アジア酸性雨モニタリングネットワーク(EANET)が日本などの主導で形成され、13カ国が加盟しています。しかし、この地域では未だに越境大気汚染に関する共同防止に向けた国際合意が確立しておらず、合意に向けた努力が必要です。

 広域の大気汚染の問題は、地球気候変化の問題とも深く関係しています。長寿命の温室効果ガス(二酸化炭素、メタン、一酸化二窒素など)の増加とともに増え続ける大気汚染物質には、地球温暖化を抑制する冷却効果を持つ硫酸塩粒子、硝酸塩粒子、有機炭素や、加熱効果を持つ黒色炭素と対流圏オゾンなどがあります。全球ほぼ一様に分布する長寿命温室効果ガスと異なり、これらの大気汚染物質の分布は地域的に非常に不均質であるために、モンスーン循環や降雨分布などの地域の気候システムに複雑な変化を引き起こします。そのために、大気汚染が引き起こす気候影響の評価には未だに大きな不確実性が含まれます。また、将来予測も難しいと考えられます。例えば、2007年のIPCC第4次評価報告書で標準的に利用されたSRESシナリオでは2030年までに世界の大気汚染はより進行するとしています。一方で、2013年発表予定の第5次評価報告書で標準的に利用されているRCPシナリオでは、2030年までには世界の大気汚染は大きく減少するとしています。両シナリオの違いは、将来の大気汚染防止努力がいかに早く行われるかに関する予測の違いによっており、現実がどのように進展して行くかは、今後も予断を許さない状況にあると思います。例えば、我が国周辺における大気質の観測データを見ても近年、二酸化硫黄(SO2)の減少は見られますが、その他の物質については増加傾向が続いています。

 以上述べたように、気候、水循環、健康、生態系に重大な影響を引き起こす可能性のある大気汚染の増加を防ぐことは喫緊の全球的課題になっています。このような努力のひとつとして、越境汚染防止の努力と並行して、地球温暖化防止の観点から短寿命気候汚染物質(SLCP:黒色炭素、メタン、対流圏オゾン)の大幅な削減努力を目指す、「気候と大気清浄化に関する国際枠組み(Climate and Clean Air Coalition:CCAC)」が米国、日本などが参加して2012年2月に始動しました。例えば、SLCPを効率よく削減すれば、大気の清浄化と同時に、全球平均地表面気温を2030年までに標準シナリオよりも0.5℃ほど抑制できると推測されています。しかし、すでに述べたように、その影響には大きな不確実性があるために、最適な削減シナリオを構築するためには、注意深い評価が必要になっています。

 このような状況のなかで、今、我々が行うべきことは多くあります。大気汚染の詳細な地上・衛星観測や、データ解析とモデリングを駆使した影響評価と誤差の縮減、データ同化技術を利用した排出源の推定などを推進する必要があります。また、それらの研究成果に裏付けられた正確な科学的知見の社会発信を行う必要があります。このような努力が、国内における大気汚染防止への一層の努力と、国際社会における防止への合意に向けた意識の高まりにつながることを期待しています。

以上

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