地球惑星科学分野の科学・夢ロードマップ(改定)
第24期日本学術会議地球惑星科学委員会
1.全体の概要
(1) 地球惑星科学分野の科学・夢ロードマップ改定の趣旨
地球惑星科学は、人類の生存する惑星地球の構造と現象、起源と進化、惑星としての普遍性と特殊性を、太陽を中心に多様な惑星・衛星・小天体と宇宙空間が織りなす太陽系の成り立ち・進化と共に解き明かすことを目標とする学問分野である。研究領域は、精査が可能な地球を中心に太陽系全体、さらには系外惑星系まで拡大されてきており、これらの領域における多様な物理・化学・生命現象を観察・観測して理解し、その中から普遍的な原理やプロセスを見出すとともに、翻って、地球に対する理解をさらに深めることを目指している。同時に、人類を含む生物が生息する地球における人類の活動による自然の変容と変動、それに対する将来予測と対処、自然と人間と社会(人間圏)の共生のあり方を科学的根拠に基づいて示すことを目的としている。
今回の改定は、地球惑星科学分野における急速な進展に対応して実施するもので、現時点での知識、理解、研究コミュニティの検討を基に、地球惑星科学分野において、
- ・ 今後10年程度の中期的観点で実現すべき目標と道筋を示すとともに、その骨格をなす解明すべき重要課題について、実施可能で具体的な研究課題を提示すること、
- ・ 今後30年程度の長期的観点で地球惑星科学分野の拡大や分野間の連携・融合、さらに他分野との連携の促進も含めて、目指すべき学術の発展の方向性と目標を抽出して道筋を示し、それをシステマティックに実現するために必要な骨格をなす研究計画を明らかにすること、
- ・ それにより、地球惑星科学の発展・強化に資するとともに、広く他分野や社会の人々から地球惑星科学の重要性について理解と支援を得ること、
具体的には、地球惑星科学全体を網羅する現時点での分野の分類方法の一つである、宇宙惑星科学、大気水圏科学、固体地球科学、地球生命科学、地球人間圏科学における、ロードマップを改定するものである。この5つの分類は公益社団法人日本地球惑星科学連合における5つのサイエンス・セクションに対応している。より具体的な研究目標を以下の各分野のロードマップの項で述べる。
なお、本ロードマップは国際的な学術の動向や将来計画、国際コミュニティとの連携、その中における我が国の先導性を考慮したものであること、学問の進展により分野間の融合・統合や新たな分野の創設が必然的に起きるので、この5つの分野の分け方は、将来は変わっていくであろうこと、この観点において、本ロードマップに示される時系列の進展は地球惑星科学分野の将来の発展と在り様を示唆するものでもあること、を付言する。
(2) 地球惑星科学の特徴
地球惑星科学の特徴は、人類が生存する地球、地球を含む太陽系および系外惑星について、現在の状態とそれらの誕生・進化の過程とそこに生起する物理・化学・生物過程及び現象の解明というCuriosity drivenな学理を追求することに加えて、その学理に基づく人類の生存や安全安心に関わる様々な社会的課題解決への社会からの強い要請があり、学術界として社会的責任があるということである。
後者の具体的な例としては、地震、火山、風水害等の減災、温暖化などの地球環境変動の把握と科学的な根拠に基づく将来予測、社会的基盤(電力や宇宙インフラ等々)維持のための研究観測や継続的なモニター観測、それらに基づく科学的な将来予測等が挙げられる。これらの課題の進展・解決はIoT・AI等の革新的技術を活用した経済発展と社会的課題の解決を両立する新たな未来社会Society5.0実現のために必須であり、持続可能な開発目標SDGsの達成の基盤をなすものである。
地球惑星科学の学問的特徴として、以下のようなことが挙げられる.
- ・ 地球や太陽・惑星の誕生・進化や、そこにおける物理・化学・生物過程や構造等が、様々な特徴的時間スケールと空間スケールを有し、そのスケールにおいて非定常でダイナミックに変動する。また、空間スケールは電子のスケールから太陽系のスケールまで広く、時間スケールも微小時間から数10億年と,両者ともに極めて幅広い。さらに、現象やプロセス、構造等は階層性を持ち、各々の階層で空間および時間スケールが異なる。
- ・ 再帰性のあるものと再帰性がないもの双方あり、過去からの変動の把握が、現在の理解と将来の予測に必須である。
- ・ 普遍性と多様性を有する。多様な惑星の形成過程とその環境の違いなどにみられるように、多様性の理解が普遍性の抽出に重要なこと。すなわち、多様な空間・時間スケール、多様な物理・化学パラメータにおける現象や過程の発現の違いが、それらの普遍性・本質の理解に欠かせない。
- ・ 地球および太陽系は、エネルギーと物質の流れ(流入、流出)の観点からみて様々な開放系で構成されていることがわかる。現状では、これらの開放系を個別に研究するとともに、隣接する系との連携・融合を目指している。最終的には、全体を一つの閉鎖系(全体システム)として理解すること必要で、各分野はその方向に進もうとしている。後述する、本夢ロードマップにおいて、第1期から2期、3期への流れでもこの方向性が見て取れる。
- ・ これらの系の解明には、第一原理を基礎とはするものの、系の間の相互作用を含む複雑系(システム科学)の観点が必須である。
- ・ 天文学等と比較した場合の宇宙科学分野における地球惑星科学の強みは、現象等が生起しているその場での直接観測ができること、遠隔観測の場合でも、物理的、化学的、生物学的に精査できることが挙げられる。
- ・ 地球惑星科学において,地球は人類が生存する惑星として深い理解が必要であるとともに、他の惑星の成り立ちを理解する上でも重要な知見を与える、特別な研究対象であると位置づけられる。また太陽系全体の理解が、地球のより深い理解(地球認識)に到達するために重要な役割を果たすという、表裏一体の関係にある。
(3) 地球惑星科学のロードマップの軸となる視点
地球惑星科学の学術としての目標、社会からの要請を考慮して、今回改訂する地球惑星科学のロードマップの軸として、
a) 太陽系・地球・生命の誕生・進化
b) 過去・現在・未来の地球の理解
c) 人間圏の成立と発展
を設定する。
下記の表に示すように、地球惑星科学分野は、第I期(今後の約10年間)では、各分野は地球や太陽・惑星における物理・化学・生物過程や構造等の把握と理解を進め、第II期(今後約10年から20年の間)では、領域間の相互作用の理解を深めて、地球全体、太陽系全体を各々一つの系として扱うこと方向を目指してより強く連携・融合を行う。第III期(今後20年以降)においては、a) 「太陽系・地球・生命の誕生・進化」の理解に挑み、それを基にb)「過去・現在・未来の地球の理解」である“地球認識”への到達を目指す。第I期からIII期に向けて、紫色で記したように地球惑星科学の分野間での統合や天文学や生命科学、防災科学等の他分野との融合を進め、宇宙圏・大気水圏・固体圏・生命圏の統合進化モデルを構築することを目指す。
人類の生存する特別な惑星である地球におけるc) 「人間圏の成立と発展」では、「持続可能な世界」を実現するために、第I期には地球惑星科学の様々な分野の学理と知識を結集し、人文・社会科学等とも連携して、人類が直面する諸問題を明らかにし、第II期では、稠密で継続的な観測等を通じてその解決を目指すことで社会的要請に応え、第III期では地球、生命、自然、人社会の総合的理解への到達を目指す。宇宙惑星科学、大気水圏科学、固体地球科学、地球生命科学の発展を縦糸とすると、地球人間圏科学はこれら4つの分野の知見をその発展段階全てで活用する横糸的な科学と言えよう。
研究を進めるにあたり、観測・実験・探査、理論・シミュレーションの協働が必須で、そのためのインフラの整備についてもロードマップを基に着実に実施する。また、近年の観測・実験・探査、シミュレーションからは多種多様な大量のデータ(ビッグデータ)や試料が生み出され、今後さらに加速度的に大量のデータや試料が生み出されることが確実である。データや試料の有効活用を行うために、データや試料の組織的で継続的な収集と維持、積極的なオープンデータ、オープンサイエンス、AIの利用等を分野横断的に進めてゆくことが肝要で、そのための人材育成が急務である。
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