2.地球惑星科学5分野の夢ロードマップ


(5)地球生命科学の夢ロードマップ

 地球惑星科学の今後30年のロードマップの重要な軸は、(a)宇宙の生成と生命の誕生と進化、(b)現在の地球の営み、(c)持続可能な世界(人間と社会)の実現の3点に集約される。地球生命科学は、地球惑星科学の他の分野と強く連携しながら、これらの軸のいずれにも深く関与しつつ、分野独自の夢に向けた歩みも遠望する。
 その夢の主要な方向性は、ロードマップの対角線にある3つの矢印で示された3段階で構成される。すなわち、ハビタビリティ、地球生命共進化、適応進化について理解する第1段階、生命存続条件を特定し、生態系を人工的に合成する第2段階、スーパーハビタビリティ、生命創生の機構について明らかする第3段階である。それぞれは、今から10年先、20年先、30年先の到達目標にそれぞれ対応する。また、それぞれの段階の内容を言い換えると、「地球と生命の多様性とつながりを理解する」段階、「地球生命システムのダイナミクスを理解する」段階、「宇宙における地球・生命とは何かを理解する」段階としてまとめることができる。
 前回策定された2014年版の夢ロードマップと比較すると、前回のマップの対角線にあった夢の主要な方向性が「表層圏、地球内部(10年後)、マントル、太陽系内(20年後)、ハビタブルプラネット、太陽系外(30年後)」と目標が「到達する場所」であったのに対し、今回のマップでは、上述のように「到達する認識の境地」となるように修正した。地球生命科学では、テクノロジーの進歩によって単に遠いところに行けることではなく、むしろ「地球における生命」や「宇宙における生命」とは何かを理解することの方がより本質的であろうと考えられるからである。
 また、2014年版では、対角線の30年後の矢印の先に「地球と生命の共進化」が到達目標として掲げられていた。今回その目標は10年後の目標に前倒しされ、その先に、生態系の合成(20年後)、生命創生の機構解明(30年後)を目標に掲げ、「地球生命」の理解だけではなく、より普遍的な「宇宙生命」の理解というさらに大きな夢を目指すこととした。これにより、対象とする現象の空間スケールも、原子・分子レベルから宇宙レベルへと広がった。また、対象とする時間スケールも地球における生命の起源から現在までの時間軸に加え、地球外における生命の起源も視野に含まれることとなった。生命はその誕生以来、非平衡状態を維持してきた。生命がいかにして混沌から生まれ、熱平衡に陥ることなく秩序を保ってきたのか、地球生命科学はその謎に挑む。
また、2014年版で想定していた未来が順次現在になってきたことに伴い、地球生命科学に関連したいわゆる「大型プロジェクト」(現行のものと計画中のものを含む:マップ中では白抜きの四角で示す)の達成時期も大部分前方に平行移動することとなった。例えば、国際深海科学掘削計画(IODP)、国際陸上科学掘削計画(ICDP)、はやぶさ2/OSIRIS Rex等は今から10年後の間に位置付けられた。一方で、土星衛星サンプルリターン等のように、前回設定された達成時期よりも後に今回達成時期が設定されたプロジェクトもある。なお、これらのプロジェクトにおける地球生命科学の関わりの度合いを示すため、それぞれのプロジェクトの科学目標において地球生命科学が全体の50%以上を占めるものを濃いピンク色で、20-50%のものを薄いピンク色で、20%未満のものを白色で、区別して示した。
 さらにきめ細かく今後30年における地球生命科学の進むべき道を示すため、地球生命科学を構成する6つの分野、すなわち、アストロバイオロジー、地球微生物学、生命の起源論、生物地球化学、古環境学、進化古生物学のそれぞれで、10年後、20年後、30年後に予想される、あるいはそれまでに達成することが期待される研究内容、研究成果をリストアップした(マップ中に●に続き記述されている項目)。例えば、進化古生物学を例に取れば、10年後、20年後、30年後の到達目標は、それぞれ古代ゲノムの復元、古生物の生理・発生機構の復元、古生物の復活(これについては倫理的問題も十分考慮しながら進める)ということになる。
 このマップでは、横軸に現在から30年後までの時間軸を取り、縦軸にはサイエンス・テクノロジーレベルを用いている。最初に示した対角線の3本の矢印の下には、特にテクノロジーレベルの向上により進むと想定される項目が示されている(高精度モレキュラー分析など)。一方で、その下の横軸に沿った領域では、それらのテクノロジーレベルの向上と直接的にはリンクしない基盤的な知識の蓄積(例えば分子系統・分類学・リポジトリ・フィールド調査)や、新しい概念の創生・展開(例えば地球生命圏サステナビリティや進化再現・人工進化など)が示されている。
 このマップは地球生命科学で閉じたものではない。生命科学と密接にリンクしているほか、地球惑星科学の他の分野とシームレスでつながるのりしろを有している。まず、地球の生命は地球の一部であり、地球表層の物質からできている。その意味で、地球生命科学そのものが固体地球科学の一部であると言うこともできる。また、上述の大型プロジェクトの一部、すなわち、「深海・熱水系地下生命圏探査」「深海アルゴフロート」「次世代AUV運用」および「深海プラットフォーム」などは、大気水圏科学と密接にリンクしている。これらの分野とのつながりは、最初に述べた地球惑星科学全体のロードマップの3つの重要な軸の一つである(b)現在の地球の営みを理解する上で欠かすことができない。
 また、同じく地球生命科学の大型プロジェクトの一部、すなわち「国際宇宙ステーション」「深宇宙ゲートウェイ」「無人火星着陸探査」「有人火星探査」および「土星衛星サンプルリターン」などは、宇宙惑星科学と深くつながっている。宇宙惑星科学とのリンクは、もう一つの重要な軸である(a)宇宙の生成と生命の誕生と進化を理解する上で不可欠である。最後に、人間は生命の一部であり、地球人間圏科学と地球生命科学が密接に関連していることも明らかであろう。夢ロードマップにおいては、地球生命科学の新しい概念の創生・展開の一つである「地球生命圏サステナビリティ」を介して地球人間圏科学とつながる。また、このリンクは、3つの軸の中で残された(c)持続可能な世界(人間と社会)の実現において重要である。



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