地学教育

地球惑星科学関連学会2003年合同大会「特別公開セッション“地学教育の展望”」および“「地学教育」委員会”開設の報告


                                        
(日本地震学会ニュースレターVol.15 No.3 p.12-15)

根本泰雄(「地学教育」委員会世話人,大阪市立大学大学院理学研究科) (文責)
中井    仁(「地学教育」委員会世話人,大阪府立茨木高等学校)
大村善治(「地学教育」委員会世話人,京都大学宙空電波科学研究センター)

 

1.はじめに

 地球惑星科学関連学会2003年合同大会では,大会初日に特別公開セッションとして「地学教育の昨日・今日・明日 −地球惑星科学は理科・地学離れを救えるか?」(略称:「地学教育の展望」)が開催された.本セッションの開催趣旨・プログラム等はすでに報告した通りであり[根本・他(2003)],当日は予定したプログラムを無事に消化することができた.プログラム等は合同大会のHPでも見ることが可能である(URL: http://www.epsu.jp/jmoo2003/tigaku/tigaku.html).この特別公開セッションおよびレギュラーセッション「地学教育」は一般にも聴講が開放され,一般からの参加者119(事前申込95名,当日申込24)に大会参加者を加えて延べ約250人の参加を得ることができた.聴衆の数も,最大時には200名を超え,平日の開催であったにも拘わらず「地学教育」関係の集まりとしては盛会であったといえる

 また,当日の昼休みには地球惑星科学関連の各学会等から教育やアウトリーチの担当者が集まり,地球惑星科学関連学会連絡会(以下,合同大会連絡会と略記)に「地学教育」委員会を設置する提案を行うことが議論され決定された.この提案は,大会最終日に開かれた地球惑星科学関連学会合同大会拡大連絡会で議論され,合同大会連絡会に設置されることが正式に決定された.以下,特別公開セッションの総括とあわせて,「地学教育」委員会についても報告する.


会場の全体的風景

 

2.特別公開セッション「地学教育の展望」総括

 はじめに,浜野洋三地球惑星科学関連学会運営機構代表(東京大学大学院理学系研究科)より本年度の地球惑星科学関連学会合同大会の開会宣言も含めての挨拶が行われ,続いて中井仁コンビーナ代表(大阪府立茨木高等学校)より本セッション開催趣旨に関する説明が行われた.その後,招待講演として小学校教諭から大学教官まで各学校種に属する講演者8名の発表が行われ,最後に総合討論が実施された.

 招待講演は,講演内容と講演者の所属とに配慮して,次の意図に則って講演依頼を行い,プログラムの組み立てを行った.


講演者と聞き入る参加者との様子

 講演内容として配慮した事柄

・ 新学習指導要領に関わった方からの報告
・ 新高等学校「地学」の教科書執筆に関わった方からの報告
・ 各学校種別の教諭からの現場での報告
・ 地学教育の観点からみた研究者側からの報告

 これらの観点それぞれの立場から講演頂ける方に講演依頼を行う.

 講演者の所属として配慮した事柄

・講演者が持つ背景に偏りが生じないような選定 (例:例えば,ほとんどの講演者が地震学を主に専攻している,専攻していた,このようなことがないように選定)
・講演者の所属が偏らないような選定 
 
 小学校教諭からの報告として国公私立から各1名,中学校教諭からの報告として国公私立から,また併せて,例えば私立の場合,中・高一貫校の教諭と小・中一貫校の場合といったような選定で数名,高等学校教諭からの報告としていわゆる進学校・中堅校・指導困難校,あるいは共学校・男子校・女子校,このような学校から各1名ずつ選定,このように講演を頼むことができれば理想的であったと考えるが,招待講演をして頂ける講演者の人数が時間の都合で限定されている関係上,理想的な選定を行うことは難しい状況であったことをご理解願いたい.しかしながら,当初考えた招待講演者の選定条件はほぼクリアできたとコンビーナは考えている.

 当日の講演では,講演内容を勘案して,3部構成でプログラムを組み立て,講演をして頂いた.

 第1部では新学習指導要領および新教科書に関連して2名の方の講演が行われた.新学習指導要領に関わった立場から「地学教育に対する私見」として木村龍治氏(前東京大学海洋研究所)により高等学校での科目の分け方に対する問題提起,地学が持つ特徴に対しての紹介が行われ,地学は物理・化学・生物を取り込める科目であり,物理・化学・生物の中に地学は取り込めるとする立場とは逆の発想といえる,地学をコアとした理科を作っていく必要性に関する提案がなされた.新高等学校「地学」の教科書作成に関わった立場からは「地学選択者数の減少と魅力的な教科書」として有山智雄氏(開成中学・高等学校)により勤務校での地学選択者数の変遷が示され,高等学校では科目が持つ面白さではなく,将来への必要性の程度で科目が選択されるという現状分析が報告された.

 第2部では日本での地学教育の現状,アメリカの地学教育の紹介に関連して4名の方の講演が行われた.小学校教諭の立場からは「小学校理科教育におけるインターネット活用と体験的な学習のあり方−子どもたちの印象に残る授業づくりを目指して−」として手代木英明氏(新宿区立余丁町小学校)によりインターネットを活用した授業実践に関して話題提供が行われ,授業でのインターネット活用では,インターネットの情報の善し悪しだけでなく,従来からの授業研究を土台とした組立が重要であることが報告された.中学校教諭の立場からは「中学生の地学に対するイメージ」として関谷育雄氏(横浜国立大学教育人間科学部附属鎌倉中学校)により中学生の地学分野の印象をアンケート調査により分析した結果が報告された.地学分野は,空間的・時間的スケール感を把握させるのに適しており,これをせずに知識の注入だけで終わってしまうことが多い現状と,これらを解決する方法としてアースシステム教育の導入が提案された.高等学校教諭の立場からは「高等学校における地学教育の現状と未来」として坪田幸政氏(慶應義塾高等学校)により地学の教員数と教科書需要数とによる分析が報告された.地学の履修率の低さ,生徒のニーズ,教員数の不一致という問題点が存在し,学習指導要領の歪が高等学校の負荷となっている点,高等学校での理科教育は自然現象の理解に役立っていない可能性の存在が示された.また,教員養成にも言及され,地学教員は背景として地質が主体である場合が多く,地学の全分野を均等に指導しているのかといった疑問点も指摘された.これらを解決するために,地球惑星科学関連学会などの場で,地学の学問体系を確立する必要性があることも提案された.木村学氏(東京大学大学院理学系研究科)からは「アメリカの地球惑星科学−地球環境科学の研究戦略と初中等教育戦略−top down bottom up の相互作用−」と題してアメリカの初中等学校での地学教育に関する報告がなされた.日本でも広く緻密に計画した国家的なプロジェクトとして推進していく必要性があるのではないかという問題提起が行われた.

 第3部では研究者側からとして2名の方の講演が行われた.淡路敏之氏(京都大学大学院理学研究科)からは「21世紀の地学教育について:大学研究者の立場から」と題して地学教育におけるデフレ・スパイラルからの脱却に関する提案がなされた.その一つの方法として,講演者が取り組んでいる教育者と研究者との間の分野横断的地球惑星科学情報を提供する双方向型高等教育支援システムに関する開発と運営とに関して報告された.西田篤弘氏(元宇宙科学研究所)からは「理科教育のなかの地学教育」と題して物理・化学・生物・地学と分ける方式に対する問題提起が行われた.対策として,理科を一本化し,すべてを体系的に教育する仕組みを構築する必要性が指摘された.

 各講演者から提起された事柄をまとめると,次のように要約できるのではないだろうか.

地学教育が抱えている問題点に関する要約の試み
1.地学の教授内容;特に,暗記科目という印象を与えている点
2.地学の内容を背景として持つ教員の不足
3.地学だけでなく,理科全体としてのカリキュラム構造
4.大学入試に起因する歪み
 
これらの問題を解決するための方策に関する提案内容要約の試み
1.インターネット等二次情報活用の方法


講演風景

2.リモート授業の導入
3.双方向型高等教育支援システムの開発
4.社会参加型研究・教育活動の実施
5.教員養成システム,教員の研修システムの再構築
6.地学系各学会の枠を超えての議論
7.最先端の研究を学校・社会に還元する事業の創設
8.あたらしいカリキュラムの作成
 
子ども達に教授する内容に関する提案要約の試み
1.自然の全体的な構造,時間的空間的に把握させる必要性
2.観察と仮説とに重点を置いた組み立てを行う必要性
3.非線形的性質をもつシステム全体として捉えられる内容の組み立てを行う必要性

 総合討論では,地学教育の内容に関する事柄だけでなく,教員が研修等のために今回の特別公開セッションのようなシンポジウム等に参加する際の法律的・行政に関わる問題に関しても意見が出された.例えば,ある学校の先生は出張扱いにしてもらえなかったどころか,職免にもしてもらえず休暇で参加されていた.その先生とは違う他県の先生は出張扱いで参加されていた.このような各教育委員会の温度差に関する問題等の存在も浮き彫りとなった.小・中・高等学校の先生に参加してもらいたいイベント等では,主催者・研究者側もこのような実態が存在している点を考慮する必要がある.例えば,今回も採用したが,主催者による出張承認申請書のような書類発行システムを用意するといった配慮を行う必要性のあることが指摘された.

 
 

3.「地学教育」委員会の創設

 地球惑星科学関連学会合同大会拡大連絡会では,合同大会連絡会に「地学教育」委員会を設置する提案がなされた.「地学教育」委員会設置に関しての提案は以下の通りである.

提案事項:「地学教育」委員会の設置について
1. 「地学教育」委員会を,地球惑星科学関連学会連絡会の下部組織として設置する.
2. 本委員会は,合同大会の共催・協賛学会より推薦された者(1名以上*1, *2)によって構成される.
3. 本委員会は以下の事項を検討する*3
(1) 地学分野および学校科目「地学」の教授内容(小〜高,高等教育機関初学年).
(2) 学習指導要領および教育課程(スクールカリキュラム).
(3) 高校・大学の「理科」「地学」に関係する入試制度.
(4) その他,地学教育に関する諸制度のあり方.

4.

本委員会の活動目標は以下とする.
(1) 次期学習指導要領の改訂に向けて関係各方面へ意見を提出すること.
(2) 地学教育に関する諸制度についての改善意見を関係各方面に提出すること.
(3) その他、地学教育の発展に資することを提言すること.
付記:
1 構成員は,教育者と研究者との協調を図るため,各学会から学校教育関係者1名以上,研究者1名以上の合計2名以上が望ましい.
2 本委員会は,合同大会共催・協賛学会からの派遣委員によって初めは構成される会とするが,その他の関連学会(日本古生物学会,日本地学教育学会,日本理科教育学会,日本科学教育学会,等)にも参加を呼びかける.
3 合同大会運営機構のサーバーに本委員会のメールグループを立ち上げ,委員間の円滑な意見交換を図る.

その他:

当面は,“学校科目「地学」関連学会連絡協議会”と(近い将来の合同も視野に入れつつ)協同して活動していく.
 議論としては,「この委員会は学校教育に限定するのか」という質問が出された.この質問に対して提案者から,「地学教育の教育という用語は学校教育の意味と捉えられがちであるが,教育という用語は広義の生涯教育の意味を含んでいる」との補足がなされた.また,提案者から「この委員会の最初のフォーカスは,“2006年問題”に代表される学校教育の問題の議論におきたい」旨も付け加えられた.これらの議論の末,上記した提案は認められ,正式に合同大会連絡会に「地学教育」委員会を設置することが決定された.
     
 「地学教育」委員会の当面の仕事としては以下のようなことが提案されている.
1.今回の特別公開セッションの総括を通して,地学教育に関わる問題点の掘り下げ
2.前倒しされる可能性がある次期学習指導要領改定までの委員会としての活動方針の起草
3.上記12.をにらんで,来年度の地球惑星科学関連学会合同大会の企画立案

 

 議論は当面メーリングリストで行われる予定である.また,この委員会では一般からも広く意見を集めることが重要であると考えeducation
@epsu.jp を設定した.この電子メールアドレスに宛に意見送付が可能となっている.会員各位からの意見が集まることを期待しています.
 
 追記:地球惑星科学関連学会2003年合同大会特別公開セッション講演要旨・特別寄稿集(附:「地学教育」セッション講演要旨)に若干の残部があります.当日会場で受け取ることができなかった方等,送付希望者がおられましたら,education @epsu.jpまで連絡をお願い致します.

 

 

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