地学教育


第1回国際地学オリンピック(1st IESO)韓国大会視察報告


 

日本地球惑星科学連合 

国際地学オリンピック小委員会

第1回国際地学オリンピック視察団

 

 


はじめに

 

2007年10月7日から同月15日にかけて,韓国のDaegu市(大邱市)とYeongwol郡(寧越郡)にて第一回国際地学オリンピックが開催されました.今回が第1回の開催となる同オリンピックは,18歳以下の子ども達を対象とした地学の国際コンテストです.同様のものとして国際数学オリンピックや国際物理オリンピックは近年広く知られるようになりましたが,理科の科目のうち地学のみが同様のコンテストを開催していませんでした.2003年より国内大会を実施している韓国の提案を受けて,International Geoscience Education Organization(国際地学教育協会)の働きによって今回第1回大会の開催となりました.

 日本地球惑星科学連合(JpGU)に設置されている教育問題検討委員会のメンバーを中心に,国際地学オリンピック小委員会が設置されました.そしてJSTからの資金援助のもと,第1回国際地学オリンピックの視察調査を行うことになりました.この視察調査では,(1)国際地学オリンピックの開催状況,(2)参加生徒の選抜方法や地学教育の状況,(3)今後日本が参加する意義,などについて情報を収集しました.筆者は会期途中からの参加となりましたが(10日〜14日),フィールドワークを中心に視察して参りました.大会前半期間について(各国の大会参加体制や筆記試験・実技試験に関して)は,国際地学オリンピック小委員会による報告書の一部を抜粋・加筆する形にて,ご報告いたします.

 

 


大会日程

 

10月 7日(日)      韓国・大邱市インターブルゴホテルにて開会式
8日(月)   午前:各国参加生徒による自国紹介
    午後:寺院・山岳景勝地・博物館・大学見学
9日(火)   文化村・韓国企業の見学
10日(水)   生徒筆記試験・実技試験
11日(木)   移動日(大邱市→ 寧越郡)
12日(金)   終日:フィールド・ワーク
     夜:天体観測(曇天のためプラネタリウム見学に変更)
13日(土)   午前:生徒フィールド・ワークの発表準備
    午後:発表会
     夜:ディナーパーティー
14日(日)   午前: 寧越郡庁舎にて表彰式
     夜:パーティー
15日(月)   午前:解散


各国参加生徒の選抜状況

 


1)インド 

参加生徒2名(男2),Mentor/Jury 1名
 事前に選抜試験(約1ヶ月前に実施)を行い,国内で参加に向けて4名が講習を受け,最終的に2名に絞られています.時間的に,全国的な選抜を公募形式で行うことは出来なかったとのことです.養成の内容は,選抜者に対し想定問題をやらせるなどを行ったとのことです.

2)インドネシア
 参加生徒4名(男1,女3),Mentor/Jury 1名
 教師の1名が主導的に事務手続き・折衝を行ったそうです.
生徒は6週間ほど前に選抜し,近郊の生徒は直接,遠方の生徒には通信教育を行って特別に養成しました(4週間ほど).インドネシア政府と折衝の上,派遣費用を捻出するも2名分のみのため,石油会社にスポンサーとなってもらったそうです.

3)韓国(開催国)
 参加生徒4名(男4,女0)(教師2名,他に2名の補欠生徒.事務スタッフ多数)Mentor/Jury 2名
 KESO(Korea Earth Science Olympiad)の成績上位者に講習を受けさせ,再度選抜したとのことです.4回目の前回は,高校生向けには2000名の参加があり,その後参加生徒は2000名から300名に絞られています.更に300名に対して Field Trip Test を行い,20名に絞ったとのことです.そして最終的にこの20名から4名+補欠2名の6名に絞ったそうです.

4)モンゴル
 参加生徒4名(男1,女3) Mentor/Jury 1名, Observer 1名
 国際地理オリンピックの応募者およそ40人の中から2007年春に4人が選抜され,その後1ヶ月間トレーニングをうけたそうです.費用はオイル会社の寄付によっています.

5)フィリピン
 参加生徒2名(男2,女0) Mentor/Jury 1名, Observer 1名,保護者1名
 全国に9つあるPhilippine Science High School からの100人以上の応募者の中から2006年12月に選抜したそうです.フィリピンは教育制度が6−4−4制のため,今回の参加者は12,15歳でした.

6)台湾
 参加生徒4名(男2,女2)Mentor/Jury 2名, Observer4名
 参加した生徒の在住地の内訳が,高雄市,台北市,台中市,台南市と全国に跨っており,男女比も1:1とバランスの良い選抜結果になっていました.本オリンピックに向けては,第1次選抜で600名に絞り,そこから第2次選抜で30人に絞り込んでいます.その30人に対して10日間のキャンプを行い,最終的には4名のメンバーを選抜したとのことです.なお,国際オリンピック関係で入賞すると大学の関連学部学科に無試験で入学出来る特権を得られるとのことです.

7)米国
 参加生徒4名(男2,女2) Mentor/Jury 2名, Observer2名
 参加生徒の在住地の内訳は,カリフォルニア,マサチューセッツ,バーモント,ボストンと,アメリカの西海岸・東海岸両方からの参加でした.1名(男子)が12年生,2名(女子)が11年生です(もう1名は不明).生徒4名は本オリンピックに備えて,通信教育を受けた模様です.本オリンピックへ向けての国内選抜方法は,2005年より開催している「Global Challenge」(http://www.globalchallengeaward.org/)の入賞者からの選抜だそうです.


筆記試験・実技試験

 

筆記試験・実技試験は,10日(水)に行われました.筆記試験は120分間のペーパーテスト,実技試験は,地質・気象・天文の3分野を20分ずつローテーションでこなすというスタイルです.なお,問題は全て事前に母国語に翻訳され,解答も母国語が認められています.ちなみに,生徒の解答を英訳する作業が非常に大変だったようです.

1)筆記試験(70点)
内容の比率= 地質,地球物理:気象:天文:海洋=40: 30: 20: 10.問題は事前に母国語に翻訳されます.また母国語での解答は,後ほど韓国大学生と各国Juryによって英語に翻訳されました.筆記試験の内容は,日本の高校地学教育の内容にほぼ準拠しており,奇をてらう珍問やローカルな問題がなく,良問と思えるものばかりでした.

2)実技試験(30点)
地質:気象+海洋:天文=10: 10: 10
 各分野の概要は以下のとおりです.
地質:地質図から地質断面図の作成,岩石標本の鑑定,岩石薄片の鑑定
気象:気圧分布,風向分布,等温線の各データに基づき作図
天文:望遠鏡の取り扱い・赤経緯度の計算
 地質断面図については,韓国と台湾の生徒が主旨を理解して作図していましたが,そのほかは全く見当違いな作図をしており,各国における教育内容の差異が顕著に現れたと思われます.

 筆記試験・実技試験とも,今回の問題に関して知識レベルで考えるなら,恐らくはセンター試験で90点以上をとれる日本の高校生であれば,少しのトレーニングを経ることで,良い成績を修めることができるのではという感触でした.
 


フィールド・ワークと発表会

 

 各国の生徒が混ざる形で,4つの調査班が構成され,フィールド・ワークが行われました.また,その翌日(13日(土))午後には,各チームが調査の結果を発表しました.この調査および発表の位置づけは,生徒間の国際協力とされ,メダル審査の材料ではありません.なお,各国には事前に調査・発表用にノートパソコンとデジタルカメラを準備するように連絡されていました.

1)フィールド・ワーク 12日(金)8:30〜17:00
 4つの班に分かれてバスに乗車し,4地点(site 1,2,3,4)を回りました.私は,3班に同行しました. 午前中は,カンブリア紀〜オルドビス紀の石灰岩・ドロマイトや石灰質砂岩からなるYonghung層・Mungok層(site 3,4)を観察しました.一度ホテルに帰り昼食をとった後,午後からは石炭紀の礫岩砂岩互層からなるYobong層(site 1),ペルム紀の黒色頁岩・石灰岩・砂岩互層からなるBamchi層(site 2)に向かいました.

Site 3:
 サイト・リーダーのキム教授が露頭を前にして,その堆積年代や構造について生徒たちにレクチャーをおこないました.なかなか動かない生徒たちに,しきりに露頭のスケッチを促していたのが印象的でした.(後ほど確認したところ,3班の生徒は,全員フィールド・ワークは初めてということでした.そのためか露頭を前にして何をすればよいのかわからなかったようです.)この露頭は,オルドビス紀の潮間帯堆積物とのことで、見事なリップルマークや 乾燥クラックが観察できました.また,三葉虫の化石も観察しました.この露頭は保存指定されているとのことでハンマーは使用できませんでした.

Site 4:
 こちらの露頭は,カンブリア紀〜オルドビス紀の石灰岩・ドロマイトからなるMungok層です.サイト・リーダーのチャン教授が,石灰岩とドロマイトの違いについて説明を行い,実際に酸をたらして,発泡の違いを示していました.生徒たちは知識はあった様ですが,実際に発泡する様子を見て興味深々といった様子です.道路沿いの狭い露頭であったためか,生徒達は交代しあって露頭写真を撮っていました。話をする良いきっかけとなったようでした。

Site 1:
 石炭紀のYobong層を観察しました.こちらの露頭では礫岩・砂岩が互層を成しており,級化層理やクロスベッドが見られました.サイト・リーダーのリー教授がクロスベッドや級化構造から地層の上下判定について生徒に説明していました。また,この地層の堆積環境について生徒達と議論を交わしていました.

Site 2:
 ペルム紀のBamchi層を観察しました.こちらでは,国道沿いに黒色頁岩・石灰岩・砂岩が露出していました.リーダーのパク教授によって,各岩相や構造について説明が行われました.中でも砂岩層に発達した褶曲構造と,頁岩によって引き起こされる地すべりについての説明では,生徒達はしきりに質問をしていました.また,実際に頁岩を横断する場所で,地すべりの影響で道路がたわんでいることを確認した生徒達は,一様に驚きの声をあげていました.ずいぶん交通量が多い道路沿いの露頭でしたが,韓国の学生スタッフが要所要所に立ってくれたおかげで,生徒も筆者も安心して露頭の観察を楽しむことができました.最後の観察地点だったためか,生徒間の交流も随分進んだ様子でした。

2)発表会 13日(土)14:00〜17:00
 各班30分程度の持ち時間で,パワーポイントを用いての発表となりました.各班とも発表は非常に立派なものでした.各露頭ごとに発表者を変えて報告する班もあれば,ホワイトボードを用いて堆積構造を詳しく説明する班もありました.また発表後には10分程度質疑の時間がありましたが,実に堂々としたもので驚かされました.どの発表者も,人前で発表することに充分慣れていることが伺えました.4人のサイトリーダーと国際審判の評価の結果,創造賞,探究賞,協力賞が授与されました.


結果

 

 参加国が直前に減ってしまったという経緯もあり,全員がメダルを授与されることになりました.詳細は以下の通りです.
金メダル4名(台湾3名・韓国1名),銀メダル8名(台湾1名・韓国3名・米国2名・インド2名),銅メダル12名(モンゴル4名・フィリピン2名・米国2名・インドネシア4名)
 


おわりに

 

 今回の大会では,日本への参加要請があったものの,参加者の選抜方法や参加資金など諸問題が解決できなかったため,高校生の参加は見送られました.しかしながら,この国際地学オリンピックは,地学分野をわかりやすく社会にアピールする上でも,また教育現場に「地学」を拡げていくという面からも,非常に重要ではないかと思います.最終日の各国生徒たちの見せた笑顔の中に,ぜひ日本の高校生も加わってほしいと感じました.
 


補足

 

今回の視察調査団は以下のとおりです.

熊野善介(連合地学オリンピック小委員会委員長)

的川泰宣(JAXA)

瀧上 豊(連合教育課程小委員会副委員長)

高野洋雄(気象庁気象研究所)

根本泰雄(連合教育問題検討委員会副委員長)

杵島正洋(慶応義塾高等学校)

香束卓郎(獨協埼玉中学高等学校)

第二回国際地学オリンピックはフィリピンにて8月31日(日)より9月7日(日)の8日間,開催されることが決まりました.

 

 

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